
分析化学を研究する斎藤昇太郎先生にインタビューしました
均一液液抽出法の社会実装と環境配慮の工夫
パンダ回収隊長
最近注目されている均一液液抽出法は、分析対象の微量成分を迅速かつ高精度に抽出できる点で画期的です。
先生はこの手法を社会実装する上で、スケールアップや装置設計の課題をどのように整理されているのでしょうか。
また、環境負荷の低減という観点で工夫されているポイントはどこでしょうか。
均一液液抽出法の最大の利点は、原理的に溶質と抽出溶媒の接触界面の面積が極めて大きいことにあります。
溶媒抽出では水相から油相に抽出する場合、溶質を油相に分配するために激しい振とうや攪拌によって二相の接触面積を増大させる操作が必要となりますが、均一液液抽出法では、穏やかな攪拌操作で二相が均一な状態を取るため、分離装置も単純な攪拌構造があればよく、抽出スケールを大きくすることが容易です。
スケールアップの課題は、相分離現象によって生じる微小な抽出相が下層または上層に完全に分離するまでに時間を要することがあげられますが、従来の溶媒抽出と比べて操作に必要なコストやエネルギーが小さい点や、分離と同時に、高倍率な濃縮が可能であり、希薄な目的成分であっても、高感度な測定や回収が可能である点に優位性があると考えています。
斎藤 昇太郎先生
複雑な環境試料への対応と選択的抽出の工夫
パンダ回収隊長
環境試料中の微量汚染物質を対象とした分離濃縮法では、サンプルマトリクスの複雑さが障壁となることが多いです。
先生が開発されている技術は、こうした現場の課題にどう応えようとされていますか。
環境試料の夾雑物(きょうざつぶつ)は試料毎に含まれている成分の種類や性質、濃度などの状態が様々であるため、それぞれの試料毎に適切な前処理を検討する必要があります。
目的成分を金属イオンとする場合、そのままの状態で分離・濃縮することが難しいことが多いため、選択的な配位子(抽出剤)を選定することが重要です。
例えば、Cu+とCu2+の分離を考えるとき、バソクプロインはCu+と選択的に配位するため、Cu+とCu2+を分離することができるようになります。
このように、目的の金属イオンに選択的な配位子を選定・組み合わせることが重要と考えています。
これまで開発された手法のうち、均一な水溶液のpH変化に応答してポリマーが析出・凝集して相分離するものがあり、このポリマー自体に選択的な配位や還元性などの機能を持たせることで、様々なイオンが含まれる溶液から金やレアアースなど特定の金属を回収するものなどがあります。
斎藤 昇太郎先生
生体材料を用いた固相抽出剤の可能性と課題
パンダ回収隊長
生体材料を用いた固相抽出剤の開発は、持続可能な分析手法として大きな可能性を秘めていると感じます。
先生はどのような生体材料に注目されておりますか。また、従来の合成材料と比較した際の長所・短所について、どうお考えでしょうか。
固相抽出は操作が簡便であり、自動化しやすいなどのメリットがあります。しかし、目的物質に対する選択性が高い、あるいは夾雑物(きょうざつぶつ)の妨害が小さな固相抽出剤を開発することはとても困難です。
先述したように特定の金属イオンを選択的に分離・濃縮しようとするとき、固相抽出剤の母材に選択性の高い配位子を結合・固定化しても、溶液中の配位子と同じ機能・性能が得られない場合があります。
一方、生体成分は個体差、環境差により状態が安定しないものの、従来の母材に生体成分を固定化したような固相抽出剤を作製し、あらゆる試料を検討すると、予想されない結果を得ることがあります。
目的成分を狙って生体成分を活用した固相抽出剤とすることはまだ難しい段階ですが、試作された固相抽出剤を丁寧に機能探索することによって、新しい固相抽出剤を生み出すきっかけになると考えています。
斎藤 昇太郎先生
AI・ロボティクス活用による分析プロセスの展望
パンダ回収隊長
特定試料の多検体の分析において、ロボティクスによる自動化やAIによる解析の補助は、コストの削減や検査体制の維持、特定の分析需要が急増した場合の対応のような、基幹インフラの安定性確保や省エネ化などの観点で重要であり、今後の発展が期待されます。
一方で、分析できない物質・試料や濃度を新しい知見や技術によって分析しようとするとき、AIでは一つの要素に着目すると他の要素を無視してでもこれを解決しようとする傾向があるように感じており、AIによる知見の集合と思考力だけでは、多々ある要素をすべて解決して的確に応えることがまだ困難だと思っています。
また、従来に無い操作によって分析する手法を開発しようとするとき、ロボティクスは活用できなかったり、人の操作より時間がかかったりします。まだまだ、人による発想力と行動力が欠かせません。
斎藤 昇太郎先生
分離分析技術の実社会での応用
パンダ回収隊長
今後、先生が開発された分離分析技術が医療や食品安全、環境モニタリングなどの実務現場でどう活用されることを期待されていますか。
また、どのような業種・機関との連携を想定されていますか。
分離技術は、分析化学を問わず、溶液を扱うすべての分野において重要ですので、今後も産官学を問わず、多岐にわたって活躍することと思います。
例えば、鉱物資源として活用することができない海水からの有価元素の回収や、河川中の微量DNA検出による、上流域の生体変化の簡便なモニタリング、水質等の検査項目における検出下限値の改善など、希薄試料の高効率な回収・高倍率な濃縮に応用されることで、エネルギーやコスト、操作の煩雑さ・難しさなどの観点で着目されなかった物や計測できなかった物を対象とし、環境問題の解決や持続可能な社会の実現に向けた取り組みに寄与することを期待します。
斎藤 昇太郎先生